昭和45年3月13日 夜の御理解
                                          末永静行



幸せというものが、今年に入ってほど、合楽で、えー心が司るものだということを強調されることは、ないようですね。ここ、例えば、椛目合楽を通して、まあ、20年間、いわゆるおかげは、和らぎ喜ぶ心にありということを、まあ、説きに説かせて頂き、皆さんも頂きに頂いておいでられたわけなんですが、もう、今年ほど、それを強調される。ね。だから本当に、今朝からの御理解のように、「これは、大変なことだな」と、というその、ところがです、もう、いよいよ人間の幸福というものは、心が司るものだと。
 決して金でもなからなければ学問でもない。もちろん、物や様々な他の条件で人間の幸福というものが、は、ないということを今年程、思い知らされた、
これは、その、ま、科学人のやり方とでも申しましょうかね、そういう例えば、なら、人間の知恵力、の限界といったようなものを、それで、人間の幸福ということとは、関係がないということが今年程、いわゆる分からされた年は、ないとという。ね。
 ですから、いわゆる、今朝の、今日の13日会の中に申しましたように、いわゆる本気での精神革命といものが、なされなけばならない。その手立てとしてですね。その精神革命の手立てとして、合楽にご縁を頂いておる人達は、みんな素晴らしいと思うんですよね、どういう風にその精神革命の手立てを、どこから手をつけていいやら分からない人、または、手立てと思うておるそのことがです、ピントの違ったところに思っておる。
 例えば宗教や、これからの例えば人間の地球上のすべての人間の幸福を願うなら、願う程です、宗教に待たれる時期というものはない。また、宗教者の責任を持って、そこんところの心というものをどのくらい素晴らしい、大事なものかということをまあ、見せしめていくというか、ね、それを証を立てて、現していくというか、そういうまあ、時代なんですかね。
 それを、私共が、今日、それを思わせてもらってですね、本当にそのいわゆる和賀心時代という、いわゆる和らぎ喜ぶ心というものが、すべての人間の幸せの土台になるものだということは、まあ、嫌というほど、約20年間なりに分からされたんですけれどもね、それを一つの今年を転機としてですね、そういう運動が、ささやかながらでも、その、合楽のお広前から、なされる。もう、今日、60何名位集まってたでしょうかね。
 本当に、神様の願いが成就する日として、この13日という日が合楽では、大事にされる。神様の願いが成就されるということは、神様が、おいしい物食べたいとか、御神酒が食べ、飲みたいとかおっしゃるのでは決してないのだからね。本当に、人間氏子の真実の幸福である、助かりであるということを、もう、願うて願うてやまれないほどしに、願っておられるのが神様。天地の親神様なんだ。ね、それが、なら、今年程、例えば、合楽で、これは、まあ、合楽でってわけでもないですけど、とりわけ合楽で、それが、具体化してきたわけなんです。
 ね、そこで全ての問題を通して、その和賀心の追究であり、探求だということにならせて頂いてですね、今日の皆さんの本当になんというか、共励殿が熱気にあふれるような、それこそ、もう、(笑)「血、湧き肉踊る」と言ってましたね。嘉朗さんが。「今、発表せろって言われたって、とにかく心落ち着かない」というようなこと言ってました。ね、そして、今自分が、この心というものがですね、この心が土台となるならば、将来こりゃあ、自分な、億万長者になれるぞというところ。そこで、なら、億万長者になれた時にです、その時の姿勢というものを今こそ正しておかなければならないというて、結んでおりましたでしょうが。ね。
 確かにね、自分が本気で、和賀心がこのようにも大事なんだと。和らぎ喜ぶ心に、そのならしてもらうところの手立てを、日々頂いておるんだと。そういうふうに、分からせてもらい、そこに「大変なことだな」と気付いた時です、いわゆる血、湧き肉踊る思いがです、そのための修行ならどんな修行だっていとわないというようなね、生き生きとした、心もまあ、生れてこようというものなのです。これは、まあ、ある意味合いでは、幼稚な、今日の13日会としては、幼稚な発表だったと思いますけれどもです。
 けれども、鳥栖の上野さんが感激一杯で、発表しておられました。今自分の娘婿達が、転勤して鹿児島の方に行っております。その下の子供がこの頃は、寝小便をするだけではなくてから、5分か10分おきにちびちび、そのちびらすというわけなんですね。それで、もう、あんまり、その情けないもんですから、子供の尻がとにかく青じむ位に叩いたと。ね、ところが、今度は、あんまり、やはり、怒られることが神経がとがってしまってね、今までは、その5分か、10分間のが、2、3分おきにするようになった。時に、母親から手紙が来た。
 開いて見たところが、親先生の御神米。と、同時にそれに、和賀心でなくて、和賀と書いてあった。ね、だから、あの人達は、なかなか遠くにおるから、とても、なかなかようら和らぎ喜ぶ心、和賀心なるといったようなことは、むつかしかろうけれども、こんなことじゃあいかん、和らぎの心を頂かにゃいかん。喜びの心を頂かなきゃいかんのだけれども、神様すみませんというような気持ちなれば、おかげになるという御理解が書いちゃった。
 それを見た途端に、あの、都さんと言いますが、もう、本当にもう、信心を遠く離れておりますが、取り外してしもとって、今叩いた子供にね、もう、お母ちゃんが悪かった、ごめんね、ごめんねと言うて、その断りを言うたら、また、その叩かれた子供が、お母さんの足元にまつわりついてきたと。
 祝賀の賀とおっしゃる喜び。いわゆる祝い芽出たいという、明けましておめでとうございますといったようなその心なんだ。そういう心に人間がなることになって、そこから、それを基盤にしてね、それが基礎になって、言うなら、財産であり、言うなら、地位であり、名誉であり、学問でありということにならなければね、それは、(巣状の楼閣?)も同じだということをですね、私は、今年程、私共がそこに思い知らされてです、そのことに本気になることにならなけばね、ね、目先目先の願い事が一つ一つ成就したといったようなことが人間の幸福につながらないということ。ね。
 そこで、合楽で現在、言ってま  すようにね、言わば、願って願って願っておかげを頂きぬくというあり方からですね、願わんでもおかげの頂ける、いわゆるおかげは和賀心にあると仰る、和賀心になることに本気で、私共が取り組ませて頂くというところからです、願いどころか、願い以上。なら夢にも思わなかったといったようなおかげが展開してくる。
 大阪の泉尾教会が、それこそ、拝める宮として、教会長先生は、そう言われる。泉尾の親先生、拝める宮。それこそ大変なお広前が建立され、大変なたくさんの信者。けれども、このことが成就することのために五十何年間願いに願ってきたと言われるのですから、もう合楽の信心と全然違う。ね、例えば、このお広前が建立されるという時でもです、誰も、これは、誰って、私ですね、私が、こういうものを建てて欲しいとか建てたいとか願いは、さらさら無かったということ。ね、願わずしてここに、んなら、まあ、言うなら、今の殿堂が建立されたということ。それこそ、夢にも思わなかったような、ということなんです。
 昨日の青年教師会で、えー合楽のことが話題になり、もう、合楽の場合は、まあ、2級教会、3級教会1級教会というていろいろあるけれど、合楽の場合は、超という、をつけなけばならんだろうと言うて、まあ、言われたという話。昨日は、ここでえー教師会があった。筑水の20何箇所の教会の先生方がみんな集まって、ね、まあ、それは、私には、聞えては来ない。言葉には、出されない。けれども、ただ、心のそれこそ、目を見張られるばかりだったという感じの中に、昨日一日をね、初めての方が多かったですから、そういう者がこちらに伝わってくる。
 だから、これからのその内容としてですね、私共、合楽、全体の信奉者がです、もう、本当に人間の幸福というのはね、心が司るものだと。しかも、それを、純信仰で頂きますと、心が司るけれども、ただ、心心と言うとっただけではだめだと。ただ、普通で言う、和の心といったようなものだけではだめだと。信心による信心の喜び。というものと和の心というのは、まあ、むつかしゅう言うなら天地がそれに共鳴して下さる。天地との、いわば調和のとれた心というのが、和の心だというふうに頂いとりましょう。
 だから、そこを目指してです。私共がね、これからの信心が、成されていく。とにかく思い込ませて頂くことはね、もう、とにかく人間の幸福というものはね、心に直結するものだということなんです。そこに宗教のいよいよ必要性が感じられる。ね、そこで、なら世界の万国に宗教は、あります。その宗教がね、ね、これなら間違いのない、世界の市場に出してもどこの誰んでも通用するというのはね、私、今現在で、言っておる、願わんでも、おかげになるという和賀心運動が展開されていく以外にないと。私は、そのように確信するね。どうぞ。